那曲(ナクチュ)駅にて
2016年5月3日
列車はひたすら走る。ゴルムド、タングラは私が眠っている間に通過。
コンロン山脈は似たような山ばかりで、よくわからんかった。
そもそも、青蔵鉄道はどこを走っているかというと、
見ての通り、山脈を避けるために非常に遠回りをする必要があるため、43時間もかかるわけである。
そうしている間、午前10時頃に、那曲(ナクチュ)という駅に到着。
ここで多くの人が降り、私のコンパートメントにいた中国人も降りた。駅から見渡した限り、特に何もない…。
ちなみにここは標高4500m。8分間の停車時間があったので、記念下車してきた。
ここから拉薩(ラサ)まで、さらに4時間ほど走る。
特にすることもないので、景色を眺めていた。
13:40
列車はようやく拉薩駅に到着。人の波についていく。
駅から出るには切符と身分証明書を駅員(警察)に見せる必要がある。
私が切符とパスポートを見せると、駅員が何か叫んでいる。どうやら私が外国人なので別の部屋に行き、入域パーミットのチェックをする必要があるらしい。
案内されるがままに別の人についていき、別の小さな建物に案内される。ここでパスポート、入域パーミットを掲示したら、あっさりと通してくれた。
ということで、無事チベットへ入域。
ちなみにお迎えさん達はラサ駅の150m以内に立ち入ることが出来ないので、こちらから歩いてお迎えさんがいる所まで歩いていく。
ここで私の名前を持ったおっさんを見つけ挨拶し、車に乗ってラサの中心地まで送ってもらう。
拉薩駅からラサの中心地までは車で約20分ほどかかる。
車の中で、ラサに関する基本的な説明をしてくれた。
ある程度の説明が終わると、
「頭痛いか?」
と言われた。
「少し痛い」
と答えると、
「それで普通なんだ。始めて来たのに頭痛にならない人の方が問題だ。じきに慣れる。」
と言われた。
「ホテルは予約しているか?」
と言われたので、
「していない」
と答えると、外国人が宿泊するようなホテルに連れて行かれた。
値段が高い割にあまり大したことなかったが、新たに探すのが面倒だったのでここで良しとした。ちなみに1泊200元。
ホテルに着いてホテル代を払ったら、
「それじゃあ、明日の午前9:30に来るから。それまで適当にしてていいよ。」
と言われた。
「あれ、チベット人のガイドなしじゃ、街を出歩いたらダメなんじゃないの?」
「チベット人のガイドがいるのは寺院に入るときだけ。街中は自由に出歩いていいよ。」
と言われた。
どうやらそういうことらしい。
ということでガイドと別れた後、部屋に戻って荷物を整理した後、試しにポタラ宮まで歩いていった。
片道30分弱かかった。おそらく2kmほどの距離だろう。結構遠い。もっと安くてポタラ宮に近いホテルはいくらでもあるのに…、と思いながら。
ポタラ宮から歩いてホテルまで戻った。
眠くなったので仮眠した。
…
19時30分ぐらいにおきた。
辺りはまだ明るかった。パソコンでインターネットを見ようとしたが、規制が中国国内以上に厳しく、全然つながらないので適当に21時ごろまでテレビを見ていた。
(因みにインターネットに関しては、日本国内でつながるウェブサイトはほとんど繋がらない。かろうじてトップページにアクセスできたサイトでも、1階層目はともかく、2階層目には絶対辿りつけなかった…)
お腹がすいてきたので、夕食を食べることにした。
どういうわけか、私が泊まったホテルの周辺にはイスラム料理店がたくさんあった。
仕方がないので(面白そうだったので)、夕食はそれらに行くことにした。
ホテルに戻り、再びパソコンを使おうとしたが、非常に動きがおかしかった。仕方がないから使うのをやめた。
(帰国してからは正常に動くようになった。どうやら高所というのが影響しているのかもしれない。)
ちなみにこの日は一日中頭痛がしていた。早めに寝たが、すぐに目が覚めたりして、あまりよく寝れなかった。
つづく
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